サガン鳥栖vsモンテディオ山形 2026.9.26

サガン鳥栖vsモンテディオ山形 

0−2
 

鳥栖はセットプレー崩れからセルフジャッジで失点。
その後前のめりになったところで、カウンターでCBが前に行って潰れて、あっさりとGKと1vs1になって失点。

この2点自体は大きく崩されたわけでも配置がどう、とかでもない。
 

問題は攻撃、というかゲームの進め方なのかもしれない。

繋ごうか、早めに高橋を使おうが、なんでもいいのだが、失点したらやり方を変えるくらいなら、最初の設定が間違っているのか?
鳥栖のやり方は”練習でやった形をいかに正確に再現するか”に全集中しているように見える。
 

目の前で起きていることに集中できていない。

鳥栖がやっているサッカーは素晴らしい。
それは改めて声を大にしていいたい。
 

ただ、その素晴らしさは、
・勇気が持てていて
・相手が全力で前から追ってはこず
・余裕をもって周りを見ることが出来ていれば

という注釈つきだ。
この注釈つきであればJ1上位にも通用する 型 を作ったのは素晴らしい成果だ。

この”準備してきたこと”をやることが勝ちにつながるというのは分かる。
しかし、目の前で違う事象が起きているなら、違うことをしなければならない。
どれだけ噛み合わなくても、練習してきたことをプレーし続ける。

少し選手の自主性というのが見えないチームになってしまっている。
一生懸命模擬試験でやった形通りの解き方をやろうとしている。
それは通用しない問題が出ているのに、だ。

まるで授業と違う解き方で正解に辿り着いたら、❌になる、

形ばかりのお勉強のように。
怒られないためにプレーしているのではないか?

サッカーは自身を表現する場であり、自分の力を見せつける場だ。
その勇気を持って戦えるように、全員が成長してほしい。


その一方で素晴らしいと信じるサッカーではゴールは生まれていない。
後半の2トップ、2シャドーのファイヤーフォーメーションは、本来狙っていた形ではないだろう。

これがもっともやりたい形ならスタートからするはずだ。
ビハインド時、最後に1点取りたい時、などの条件で発動するもの。

この時にやっとパワーが出せる。
それでも取れなかったのは課題だが、それでもシュートまで行けたし、チャンスの質も高かった。

結局今の鳥栖は、悩みながらプレーしたり、苦しんだり、失点したら、準備した”素晴らしいサッカー”は出来なくなるのだ。

もっとシンプルなサッカーで、悩んだ中でもやることがハッキリした状態で、プレーができるように戦術や、ゲームの進め方を整理すべきなのかもしれない。

シンプルにしたらもう少し選手の質そのもので勝ち点を拾える試合は増える気もする。
しかしそれではおそらく優勝は狙えない。
 

だが今の実力で優勝、自動昇格はもう厳しいところまで来ている。
勝ち点を拾いながら、運が良ければPOに滑り込む。

そういう日々を過ごすことになる。
 

それでも全力でやれるか?

 

希望溢れるチャレンジであれば誰もが気持ちよくやれるだろう。
絶望の中で最低限を支えるような苦しい苦しい戦い。
それをどれだけ前向きに、心を強くもってシーズンを戦っていけるか?
それが出来なければPO圏内すらも夢と消えるだろう。

 

僕らは選手が心折れぬように支える。
それこそ、サポートをする存在、でありたいと願う。
 

たとえその先に希望がなくても、誰かを支える力の一部になれることは、

それはそれで人生の愉しみの1つである、、、だろう。
 

たぶん、きっと、、、おそらく。

 

※ この記事は、2026年9月26日にアメブロ「虚言」で書いたものを移しました。

ゲーム

サッカー日本列島ドロップボール

県を落としてくっつけるパズル。遊びながらJリーグのクラブを知れるにゃ。

キックオフ →